パールハーバーとは
皆さんご存知の真珠湾攻撃の地であり、現在もアメリカ海軍の軍事拠点となっています。
この地には、真珠湾攻撃を受けて撃沈された戦艦「アリゾナ」が今も海底に眠っています。
軍事拠点となる前のパールハーバー
ハワイ王族の神聖なる場所であり、入江の形状から波が穏やかで、ハワイ王族の大切な場所でした。
しかし、湾内の水深が約12mと浅く、魚雷を使った攻撃を受けにくいという特殊な湾の形状は、海軍にとっても非常に良い立地となっていました。
ハワイ王族と海軍との間で紆余曲折ありながらも、太平洋上の軍事拠点の整備の必要性から王族側が折れアメリカ有数の海軍軍事拠点として整備されます。
日本軍の真珠湾攻撃について
真珠湾攻撃については、日本軍が「卑怯な騙し討ち」を行った事から、日本人であれば、できるだけ避けていきたいと思う気持ちが強いのではないでしょうか?
しかし、実際に起きた事を見つめ直す事で戦争の悲惨さと平和の尊さを再認識する事が出来ると思います。
事実を知る事で「卑怯な騙し討ち」か「作戦上の奇襲攻撃」かはどちらでもよく、経過と結果を学ぶことが大切であると再認識させられます。
真珠湾攻撃に対する一般的認識
「日本軍が卑怯な騙し討ちをかけて、攻撃後に宣戦布告した」というものです。説明する必要もないくらい、簡単な話です。
また「ルーズベルト陰謀論」という、「アメリカが戦争をしたいがためにハワイを見殺しにした」というものもあります。
どちらも納得出来る内容ですが、どちらも起こった事実を強調し過ぎている様に思えます。
パールハーバーでの説明
パールハーバーのガイドさんは、
「ガイドを行うのは恣意的に一方を悪、もう一方を善と決めるのでは無く、当時起こった事をありのままに伝え、後は受け手に判断してもらう。実際にアジア系のガイドで感情的にガイドをしていて、首になった人もいる。パールハーバーのガイドは非常に厳しい基準を満たしていないとなれない」
とおっしゃられてました。
真珠湾攻撃についても、当時の日米間は緊張状態にあり、いつ開戦してもおかしくなかった。このような状況下であれば真珠湾攻撃は、通常の軍事行動(奇襲攻撃は立派な作戦です)であった、というものです。
真珠湾攻撃時のアメリカ
当時の大統領であるルーズベルトは選挙公約で、「戦争はしない」と明言し、アメリカ国民も厭戦気分が高く、アメリカ側からの開戦はほぼ無理な状況でした。
しかし、膨大な戦費を貸し出しているイギリスからの開戦要求や、中国からの支援要請、満州利権、ルーズベルトとロシアの独裁者スターリンとの関係等、前記の「ルーズベルト陰謀論」の根拠となり得る、様々な要因が発生していきます。
1937年以降のアメリカの行動
- 1937年10月「好戦的国家(日独伊)は共同行動によって隔離されるべきである」旨の「隔離演説」を行い、アメリカ国民の猛反発にあう
- 1937年12月日本軍が米国籍の「パナイ号」を撃沈する事件が発生
- 1939年7月日米通商航海条約廃棄を通告
- 1940年1月日米通商航海条約失効、日米間が無条約時代突入
- 1941年4月日米交渉開始
- 1941年7月在アメリカの日本資産凍結
- 1941年8月日本に対し石油の禁輸
- 1941年9月米国の対日世論調査で「戦争をしても日本の発展を阻止すべし」が70%の支持
- 1941年10月アメリカ側が日米首脳会談を拒否
- 1941年11月ハル•ノートの手交
- 1941年12月真珠湾攻撃
説明によれば、隔離演説時点で、ルーズベルトは日本と開戦する気が十分であったが、国民の猛反発にあい、一旦アメリカ側からの手出しはせずに、資源の無い日本に経済制裁を行い、日米交渉では、妥結点を必死になって探す日本に対し、全く受け付けず、首脳会談も拒否し、覚書という形で交渉打ち切りを示唆する行為にでます。
全てのプライドを捨ててアメリカ側の要求を全て受け入れていれば良かったのかもしれませんが、当時の日本は当然そんな国では無いですから、軍事行動を起こします。
それが、米軍の太平洋の一大拠点であるパールハーバーを攻撃する事です。
日本側もまともにアメリカと戦争をしても勝てる訳がないという常識人も中にはいましたから、アメリカと戦争するなら、「まず空母、戦艦、航空機を徹底的に攻撃して機動力を奪い、早期に和平に持ち込む」という事を目標にします。
そのため真珠湾と形状や水深が似ている錦江湾で、徹底的に訓練を行い、奇襲で真珠湾を攻撃して、見事に大成功に終わったのですが、
- 1番の攻撃目標であった空母が、なぜか1隻も停泊していなかった
- 戦艦についてもアリゾナを含め新造艦はいなかった(沈没したアリゾナも巡航速度不足から艦隊行動には不向きとされていた)
- 轟沈させた戦艦以外の行動不能にさせた艦の戦線復帰が早かった
- 1番大事な大量の燃料庫が無傷であった(日本側の人手、戦力不足から目標を分散させて攻撃を不完全に終わらせないため、艦艇と航空機に狙いを絞ったため)
- 米軍の修理•製造工場が無傷であり(前記と同様の理由)日本軍の想像するより圧倒的に早く戦艦の修理や航空機の製造が行われた
といったことから、見た目の戦果は派手でしたが、アメリカ側の機動力を奪うほどの攻撃は加える事は出来ませんでした。
また、それまでのアメリカ軍は、日本軍を非常に軽視していたものの、武器、艦艇、戦闘機等の航空機の完成度、戦闘員の練度の高さを真珠湾攻撃で目の当たりにして、一切の油断が無くなったという事です。
また真珠湾攻撃の大成功はハワイ駐在のアメリカ海軍、陸軍、海兵隊の連携不足と指揮官の油断も要因ですが、不敗国家アメリカの完敗に、アメリカ政府は「戦闘で負けた」のでは無く「日本軍の卑怯な騙し討ちでハワイ軍が壊滅した」と報じ、「日本憎し」から「日本絶対に許すまじ!」の世論感情を醸成することに成功します。
その後も「リメンバー•パールハーバー」を合言葉に国力の差を発揮して日本軍を追い詰めていきます。
真珠湾攻撃は華々しく大勝した様に言われていますが、ほぼアメリカ軍の戦力は減っておらず、日本に対する敵愾心のみ大幅に高めた結果になった事が現実でした。
真珠湾攻撃時の日本
パールハーバーでは、真珠湾攻撃に参加した日本軍の軍人の話もしてくれます。
当時の日本はアメリカからの経済制裁により、国家は疲弊し、余分な予算や鉄、燃料等が非常に限られた状況で、「機銃の弾1発でさえも無駄打ちする事は無かった、だから民間人は絶対に狙わないし、逃げる兵士も無視していた。79番ハンガーの機銃の跡も日本軍が狙って撃ったものでは無い。なぜなら天皇陛下から預かっている大事な弾をそんな無駄な使い方は出来ないからだ」という事です。
また真珠湾を攻撃するために、少ない資源と予算を最大限に活かせる様に、魚雷や爆弾、戦闘機や爆撃機等あらゆるところに創意工夫を凝らし、それに伴い訓練も徹底しアメリカ軍の想定を遥かに超える攻撃を行ったのです。
当然大規模な軍事行動ですから、民間人の方も数十名亡くなられています(その民間人も基地内で働く政府関係者等がほとんど)が、「原爆」や、よく真珠湾攻撃を例えに出される「911同時多発テロ」のような無差別殺傷では無いという事を「武士道精神で民間人を攻撃しなかった」という美化された話にする事なく、きちんと納得出来るように教えてくれます。
最後にアメリカ軍側の日本軍評が、「まさかあんなに高高度(約3000m)から狙いを外さずピンポイントで爆撃してくるとは思わなかった」「水深12mの真珠湾で魚雷が来るとは思わなかった」「機銃の狙いがマシーンの様に正確だった」等々いかに日本軍に対して油断していたかが分かります。
逆に日本軍側はあまりの損害の少なさに、罠を恐れてさらなる追撃を行わずに引き上げています。
観光地としてのパールハーバー
軍事的背景を持つ観光地は世界中に沢山あります。
日米開戦の火花が切られたパールハーバーには、無条件降伏の調印の場となった戦艦ミズーリも停泊展示されており、日本の疎開船や病院船など数々の民間船を沈めた、潜水艦ボーフィンも展示されています。
第二次世界大戦を知る上で、日本人であれば必ず一度は訪れたい場所だと思います。
鹿児島の知覧平和会館、広島•長崎の各原爆資料館と共に平和の大切さを実感出来る施設だと思います。
航空博物館と戦艦ミズーリは海軍施設内のため、個人で行くよりツアーに参加した方が良いかと思います。
また各説明文にはほぼ英語のみの記載なので、日本語ガイドがあった方が良いと思います。その方が理解が深まります。
尚余談ですが、戦艦ミズーリの食堂に広島県呉市にある「大和ミュージアム」のポスターが貼ってありました。
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